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カンボジア国道1号線改修事業(ADB融資区間)


国道1号線改修事業(ADB融資区間)

1998年12月、アジア開発銀行(ADB)理事会はカンボジアの国道1号線改修事業に対して4000万ドルの融資を決定しました。沿線住民のうち約1200世帯6000人(1997年見込み)が被る影響に対して、ADBは「非自発的住民移転政策」(1995年制定)にしたがって適切に対処することになっていました。

ADBの住民移転政策には、以下のような原則が明記されています。

1) 住民立退きは極力避ける。
2) 立退きが避けられない場合は、最小限にとどめる。
3) 立退きに際しては適切な対策を講じる。
4) 立退き後の住民の生活水準が立退き前と比べて悪化してはならない。
5) 補償金の支払いは同等の家屋が再建できる「再取得価格」で計算する。
6) 「違法居住者」であっても補償を受けることができる。

しかし、実際には以下のような問題が生じてしまいました。

1) 1997年の見込を上回る沿線住民(1350世帯以上)に事業の影響が及んだ。
2) 多くの住民が住む場所を失った。
3) 多くの住民が農地や店舗などの生計手段を失った。
4) 立退き後に住民の生活水準が悪化した。
5) 家屋再建(再取得)に必要な補償を受けた住民はほとんどいなかった。
6) 改修前の国道沿いに住んでいた住民の多くがカンボジア政府によって一方的に「違法居住者」とされ、きちんとした補償を受けることができなかった。

なぜこのような事態が生じてしまったのでしょうか。この事態にADBはきちんと対応したのでしょうか。今後同じような事態が起こる可能性はないのでしょうか。そもそもADBには、途上国に住む人びとの生活を破壊せずに開発事業を進める能力があるのでしょうか。

プロジェクト名
Greater Mekong Subregion: Phnom Penh to Ho Chi Minh City Highway Project (大メコン圏プノンペン−ホーチミン国道事業=ベトナム−カンボジア−タイを結ぶ「南部経済回廊」の一部として位置付けられている)   
おもなプロジェクト地
カンボジア王国プレイベン州−スヴァイリエン州間(105.5キロ)
実施機関
Ministry of Public Works and Transport (MPWT)
(カンボジア政府・公共事業運輸省)   
実行可能性調査
ADBがベトナム側の改修工事なども含めて1993年(400万ドル)と1995年(300万ドル)に技術援助を提供し、実行可能性調査を実施・更新した。
資金供与
総事業費は、カンボジア側工区で5070万ドル。ADBが4000万ドルをアジア開発基金(ADF)より提供した。返却期間は40年(うち10年の猶予期間)で手数料が年率1%かかる。
改修工事の現状
2005年初頭に改修工事はほぼ完了。2006年7月にプロジェクトが完成。ADBからカンボジア政府への融資支払いもすでに完了している。

背景:カンボジアと住民立退き

カンボジアでは1975年から1979年にかけてクメール・ルージュが政権を掌握しました(ポル・ポト政権)。クメール・ルージュは私有財産制度を廃止し、土地登記書類などもすべて焼却処分にしました。さらに全土にわたって国民の強制移住を実施しました。その後1979年のポル・ポト政権崩壊、内戦の時代を経て、1980年代末から1990年初頭にかけて国家再建が本格化し、土地の私有制度も復活しました。しかし、土地登記は遅々として進まず、住民立退きや補償に対処する法制度もまだ整っていません。こうした困難な状況下で実施された国道1号線改修事業の住民立退きには細心の注意と配慮が必要でした。

ADBの三つのあやまち

1998年に改修事業への融資が決まった際、ADB理事会には住民移転計画案が提出されていました。しかし1999年にカンボジア政府は突如「国道1号線の中心線から両方向にそれぞれ30メートルは国有地である」と宣言し、沿線住民の多くを「違法居住者」であると決めつけてしまいました。さらに住民移転計画を勝手に書きかえ、立退き住民への土地補償も行わないとしてしまいます。ところがADBは書きかえられた住民移転計画が自らの住民移転政策に違反している点を見逃してしまいます。住民移転計画の作成完了は改修工事を始めるための条件でした。また、カンボジア側の住民移転計画が確定しないとベトナム側での同様の道路改修事業も進められないという条件になっていました。ADBにできるだけ早く住民移転計画を確定させたいというあせりはなかったでしょうか。

2000年になって住民立退きが本格的に行われます。しかしカンボジア政府は書きかえた住民移転計画すら一部を反故にして、立退き住民に家屋再建に必要な補償(再取得価格補償)を支払いませんでした。ADBはこの点も見逃してしまいました。

2002年2月に「カンボジアNGOフォーラム」が実態調査をもとにADBの上記の過ちを指摘しました。ADBは同年6月に職員を現地に派遣し、ようやく住民立退きがきちんと実施されていなかった点を公式に認めます。そしてカンボジア政府に本格的な調査を提案します。ところがカンボジア政府を説得しきれず問題の根本的解決は先送りされてしまいました。このため立退き住民の苦労が長期化しました。

住民立退き監査


ストゥンスロット再定住地。カンボジア政府によって住民の
再定住地が準備されたもののトイレや飲料水の設備のほか
雨季の水はけなどの課題が残る。
「狭い」、「仕事をする上で不便」などとあまり人気がなく、空き地が目立つ。
2006年10月撮影

2004年11月になってADBはようやくカンボジア政府の同意を取り付け、「住民移転監査調査」を実施します。2005年3月に完成した報告書ドラフトでは、冒頭に掲げた問題がADBの融資する国道1号線改修工事区間全体で起こっていることが確認されました。また、果樹・未収穫の農作物・農地などがきちんと補償の対象になっていない、クメール・ルージュ政権下で夫を失った女性の世帯主や地雷被害に遭った世帯主に対して支払われるべき特別手当が行きわたっていない、立退き住民が苦情を申立てる制度がまったく機能していない、などの問題も明らかになりました。ADBはこの調査結果に基づきカンボジア政府に対して補償の再支払い(repayment)を提案します。また、NGOも交えた作業グループを立上げ、再支払いの実施や住民の個々の苦情申立てに対処するよう方向付けをしました。

カンボジアNGOフォーラムはADBの監査調査結果を評価しつつも、以下の点が未だに不十分であると指摘しました。

1) ADBが融資を審査した際の文書に「土地権利書を持っていない立退き住民に対して土地権利書が無料で発行される」とあるがこれが実現していない。このままでは住民が土地投機などのあおりで土地を失う可能性が増す。
2) 5年におよぶ補償未支払いを補う方策がない。
3) 監査調査結果や再支払いの実施について、立退き住民への周知が徹底されておらず、住民が苦情を申立てる機会を逸している。

ADBはこれらの指摘に対して目立った対応をしませんでした。

残された課題:再支払いから取り残された住民と生活・生計回復 


借金による生活・生計回復の困難をうったえる立退き住民たち。
互助組織を作り支えあっている。2007年4月撮影

2006年6月、カンボジアNGOフォーラムはADBに対して「未だ約束された補償を受けとっていないと申立てる住民が303世帯にのぼっている」と指摘する書簡を送りました。その後カンボジアNGOフォーラムの働きかけで補償を受ける住民の数が増えてきてはいるものの、2007年4月時点で約200世帯が依然として苦情を申立てています。

未解決の問題は再支払いの完了にとどまりません。土地権利書の発行はまだ実施されていませんし、十分な補償を受けられなかった時期に住民の多くは借金をしました。特に貧困層は市中銀行からお金を借りることができないため高利の金融業者からお金を借りています。そのため、再支払いで受け取った現金を借金返済に充ててしまい、本来の目的である生活・生計回復が進んでいません。具体的には次のような問題が深刻化しています。

1) 土地があるのに家を建てる資金がない。

2) 生活環境が激変し小売業など立退き前の職業には戻れない。魚の養殖など新しい事業を始める必要があるが資金がない。

3) 現金収入獲得のために家族が遠隔地に働きに出て離れ離れになってしまっている。

国道1号線改修事業にともなう住民立退き問題では、NGOが何年も前から何度も指摘している、「ADBは自分で守ると言ったルール(ADB自らが制定した政策)を守ることができない」というADBの大きな弱点が見事にあらわれてしまっています。

ADBははたしてこの弱点を解消することができるのでしょうか。こうした弱点をかかえたまま途上国の人びとの生活を危うくする国際開発機関に対して、日本政府が多額の公的資金をつぎ込んでゆく意義を問う必要があります。

 


NGOが訪問すると未解決の問題をかかえる住民が多く集まってくる。
女性が多い。2006年10月撮影。


立退き住民の苦難をよそに国道沿いに林立・繁栄するカジノ。
これも道路改修事業の経済効果のひとつではある。
カンボジア・ベトナム国境付近で。2007年2月撮影

立ち退き住民代表が黒田ADB総裁に直訴

2007年5月、NGOの招きで、プレイベン州の住民団体代表シン・チンさんが京都市で開催されたADB第40回記念総会に出席しました。チンさんは黒田ADB総裁に向かってADBが融資した国道1号線改修事業によって生じた補償問題を指摘し、ADB主導による問題解決を訴えました。また、ADBの環境社会保護政策のありかたを議論する公開セミナーにもパネリストとして加わり、自らの体験を語りながら、ADBが自らの政策を遵守して、立退き住民の生活と生計の回復を保証するよう求めました。

 


黒田総裁に窮状を訴えるチンさん(右) 2007年5月


ADB総会の公開セミナーで発言するチンさん(右から四人目)2007年5月
チンさんの証言(Googleビデオ01:56〜04:26、クメール語・英語逐次通訳)

63世帯住民がADBに異議申立て

2007年7月、チンさんをはじめとする63世帯の移転住民は、ADBの「特別事業ファシリテーター(SPF)」に対して異議を申し立てました。SPFとは、ADBの開発事業によって被害を受けた住民が一定の手続きにしたがって問題解決を求めることのできる、ADB内部の制度です。住民たちはSPFへの異議申立てを通して、補償の遅れで膨大な債務を抱えて返済のめどがたたない、立退きによって失った生計手段を回復することができない、移転先の土地に対して無料で土地権を発行すべきだ、ADBは開発事業で同じような過ちをくり返してはならないなどと訴えました。

9月、SPFはカンボジアでチンさんら2名の住民代表と会見し、2名が異議を申し立てる要件を満たしていることを確認、本件を「適格」と判定しました。ところが、いよいよ本格的な現地調査が始まる段になって、SPFはカンボジア政府の了解を得ることができず、63世帯住民に直接聞取りをすることなく10月に調査報告案を作成してしまいます。SPFに窮状を理解してもらおうと期待していた住民は失望しました。異議申立て制度の運用に問題を投げかける結末でもありました。

63世帯住民の異議申立ての進捗状況(ADB/SPFサイト、英文)
http://www.adb.org/SPF/highwayproj-complaint-registry.asp 

異議申立ての仕組みと手続き(アカウンタビリティ・メカニズム、ADB作成、日本文)

対応を迫られたADBカンボジア事務所

2007年11月、住民立退き監査が一段落してからというもの、移転住民の訴えに消極的な態度だったADBカンボジア事務所(CARM)が突然、SPFに異議を申し立てた63世帯住民を対象にあらたな調査を実施する旨提案してきました。SPFが動き出したことで独自の対応を迫られたのでしょう。約1週間を費やした「社会経済調査」の報告書は、63世帯が窮状に陥ったきっかけとして、移転当初にきちんとした補償が実施されなかった点をあげています。土地と家屋を失った住民たちは、親戚・友人あるいは他人の土地で仮の暮らしをせざるを得ませんでした。現在の住まいに落ち着くまでに、63世帯のうち25世帯が2度、11世帯が3度、3世帯が実に4度以上も移転を体験しました。移転のたびの費用で高利子の借金を重ね、生活基盤が不安定なために生計回復にも専心できませんでした。さらに、こうした状態のまま、7年、8年と放置されてきたのです。この問題が解決するまで、ADBは自らの非自発的住民移転政策を遵守したとは強弁できないでしょう。


社会経済調査の実施風景。帽子の男性がADBから派遣された調査者。2007年11月

社会経済調査報告書(以下の文書のAppendix 7、英文)
http://www.adb.org/Documents/Resettlement_Plans/CAM/30513/30513-CAM-RP.pdf

閉ざされた異議申立てへの道

2007年12月、ADBは「事業完了報告書」を発行しました。ADBの異議申立て制度では、事業完了報告書の発行までを申立て有効期限と定めているため、これで63世帯以外の移転住民があらたに異議を申立てても「不適格」と判定されることになってしまいました。63世帯以外にも「いまだにきちんと補償をもらえない」などと主張して、NGOがADBと交渉を続けている個別の事例が200件以上もありましたが、ADBはこれらの住民の異議申立てへの門戸を閉ざしてしまったのです。事業完了報告書はふつう事業完成から1、2年後に発行されますが、移転・補償問題の解決には長い年月を要することもあります。ここにも現行の異議申立て制度の限界が見てとれます。

一方、63世帯をめぐっては、SPFの調査とADBカンボジア事務所の社会経済調査との2種類の調査が並行することになりました。そこで2008年1月、63世帯住民は、社会経済調査の結果がはっきりするまで、SPFに手続きを保留するよう要請しました。同月、SPFはこの提案に同意し、SPFの手続きは調査を終えた時点で一旦保留されることになりました。手続きの保留は明文化された措置ではありませんが、SPFが「被害住民のための制度」という開設時の精神に立ち戻って柔軟に下した判断として評価できます。

「生計安定化プログラム」は問題を解決できるか?

社会経済調査の実施から5か月経った2008年5月、ADBはようやく正式に問題解決策を提案してきました。「生計安定化プログラム(LSP)」と名付けられたこの解決策の中心は、小規模融資および職業訓練の実施です。そして63世帯住民だけでなく、沿線の他の移転住民やメコン河の反対側に延びて日本政府が無償資金で改修に協力している同じ国道の別区間の移転住民までも視野に入れています。このプログラムを日本政府がADB内に設立した「日本貧困削減基金(JFPR)」からの資金180万米ドル(約1億8000万円)で実施しようというのです。ADBが立退き住民の生計回復に取組もうとしている点は前進ですが、これだけ広範囲の移転住民を対象とするプログラムで、肝心の63世帯が抱える問題は果たして解決するのでしょうか。63世帯住民はADBの姿勢を評価しつつ、次の点を主張しています。

1) 現在の債務は移転計画の失敗で生じたのだから、無償資金の提供によって解消されるべき
2) 生計回復のためには、非常に緩やかな条件の小規模融資を提供すべき
3) 解決策の詳細な立案・実施・評価にあたっては、住民が十全に参加できるよう情報を公開すべき
4) 解決策を一刻も早く実施すべき

生計安定化プログラム(ADBサイト、英文)
http://pid.adb.org:8040/pid/LoanView.htm?projNo=42165&seqNo=01&typeCd=2&projType=GRNT

悪化する住民の状況

2008年12月、ADB理事会が国道1号線改修事業への融資を決定して丸10年が経ちました。にもかかわらず、「立退き後の住民の生活水準が立退き前と比べて悪化してはならない」と謳ったADBの非自発的住民移転政策の原則は守られていません。現地のNGOは10月に63世帯の負債額と日収を再調査し、約1年前のADBの社会経済調査と比較しました。すると、63世帯の負債総額はこの1年間で2000米ドルほど減っています。ただし、これは各家庭の返済能力が向上したというより、土地を手放して借金の返済に充てたり、家族の一部が都市部や隣国で移住労働者として働いて送金してくるためであると考えられます。実際、日収は立退き前の平均3ドルから2ドルに減ったままで、この1年でたいして回復していません。また、この分析には、住民がこれまで返済してきた多額の利子は含まれていません。債権者は毎月債務の返済を督促し、払えなければ土地を明けわたすよう迫ってきます。このままでは、せっかく補償に受け取った土地すら失ってしまい、生活・生計の回復は遠のくばかりです。一刻も早い対応が必要です。


63世帯の多くが住む移転村。箱型の建物は債権者が住民の土地を
差し押さえて建てた。
債権者はここに住んで住民に債務の返済を迫っている。
2008年7月


薪集めに出発する63世帯の女性たち。背後に見えるのが
改修後の国道1号線。付近の土地が高騰して転売され、薪集めには
遠くまで歩かなければならなくなったという。2008年5月

以下のページも合わせてご参照下さい。

「カンボジア国道1号線改修事業(JICA・日本政府助成区間)

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