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ホーム > 資料・出版物 > メールニュース > ビルマ・ティラワ経済特区>住民のJICA異議申立てから1年 住民の生活悪化への対応はいま?

ビルマ・ティラワ経済特区>住民のJICA異議申立てから1年
住民の生活悪化への対応はいま?

メコン河開発メールニュース2015年6月5日
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※メールニュース発信後、6月22日に茶色文字部分を修正しました。ご了承ください。


ビルマ(ミャンマー)の最大都市ラングーン(ヤンゴン)近郊で、日本が官民を挙げて進めている「ティラワ経済特別区(SEZ)開発事業」に伴い、住民の生活が悪化したとして、影響を受ける住民3名が来日し、国際協力機構(JICA)に異議申立書を提出してから、この6月でちょうど1年が経ちました。

(詳細はこちら http://www.mekongwatch.org/resource/documents/pr_20140602.html

この1年間、どのような対応がなされてきたのか、また、住民の生活水準は『JICA環境社会配慮ガイドライン』に規定されているとおり「事業前よりも改善、少なくとも回復」されたのか――以下、2015年5月中旬までの動きと現場の状況、また、今後の課題をまとめました。


●JICA審査役による報告書と問題改善に向けた提案

住民の異議申立後、JICA異議申立審査役(以下、審査役)は現地訪問を含む調査を5ヶ月間にわたり行ない、2014年11月、調査結果を「異議申立に係る調査報告書」(以下、報告書)として公表しました(http://www.jica.go.jp/environment/present_condition_mya01.html)。

しかし、審査役による住民の被害状況に関する調査や理解は不十分で、「『JICA環境社会配慮ガイドライン』を遵守した適切な移転・補償措置がとられている」と結論づけられた調査結果は、住民にとって非常に残念なものでした。(詳細はこちら http://www.mekongwatch.org/resource/news/20141208_01.html

一方、同報告書では、問題の改善に向け、住民との協議に基づく以下のような対応をとっていくため、JICAが必要な支援を行なうようにとの提案がなされました。

・住民に、より配慮した形での透明性の高い多者間協議の場の設置
・移転地の排水改善措置
・移転地の井戸等の建設・修繕
・移転住民の環境変化の緩和措置と生計回復措置の実施(職業訓練、家庭菜園など)
・移転地のトイレ排水問題への対応
・移転後も農業継続を希望する住民への対応

こうした提案については、JICA事業担当部も「審査役の報告書に対する意見書」(2014年12月)のなかで、「いずれの点についても真摯に取り組んでいく」との見解を示しました(http://www.jica.go.jp/environment/ku57pq00001mzeq1-att/opinion_mya01_141204.pdf )。

JICAは現在、同SEZ事業フェーズ1(400ヘクタール)の開発が引き起こした移転問題について、主にJICA専門家を通じた住民・NGOとの協議の場を積極的に設けるようになっています。今後は、次期開発予定である2,000ヘクタールにおける移転についても、移転・補償計画を策定する現段階から、住民への情報提供・協議を積極的に行なうことが期待されます。


<生計回復支援に関するJICA専門家による移転住民向けワークショップ(2015年1月)>


●生計手段の回復・改善措置

住民によるJICA異議申立後、半年間は何ら対策がとられなかったこともあり、新たな生計手段を見つけられず、補償金を使い切ってしまった移転世帯は、さらに借金を重ねる生活に陥っていました。近隣の高利貸に頼る場合、家を借金の担保に月利10%、6ヶ月の返済期限という条件のものもあり、他に移る当てもなく、家を失うことを恐れた世帯のなかには、一つの高利貸への返済をするため、別の高利貸から借金するといった具合で、借金の額がどんどん膨れ上がるケースも見られました。このように、利子を含めた期限前返済は、住むところを失うか否かの大きな問題として、移転世帯に重くのしかかっていました。

この喫緊の課題を解決し、生計手段の回復を図っていくため、2015年1月から、主にJICA専門家グループと住民間での協議が重ねられ、現在、以下@〜Bの具体策が考えられています。

@社会福祉支援プログラム(Social Welfare Support Program)

実施主体は、ティラワSEZマネージメント委員会。対象者は、SEZ事業フェーズ1(400 ha)の影響住民81世帯(同区域内居住者65世帯、および、農地が区域内にあった農民16世帯。うち68世帯が移転地へ移転済)とされており、1世帯当たり300万チャット(約30万円)が支給されます。対象世帯の銀行口座開設を支援し、原則、口座に四半期毎の3回分割での振込み(180万チャット、70万チャット、50万チャット)が行なわれる予定です。すでに、1回目の支給は2015年4月に完了しました。

今後、2回目、3回目の支給が合意されているとおり、四半期毎に進められるか、確認していくとともに、各回の支給金の効用を調査するなど、継続したモニタリングが必要です。

Aコミュニティー開発基金(Community Development Fund)
対象者は影響住民81世帯の希望者で、住民のニーズに沿った形でのマイクロファイナンス形式の支援が実施される予定です。現在、45世帯がマイクロファイナンスの経験者であるNGOとワークショップなどを重ね、方法(貸付基準、返済期間・頻度等々)の詳細を議論しています。


<マイクロファイナンスに関するNGOの移転住民向けワークショップ(2015年5月)>


農業以外の経験がない世帯は、新しい分野でのビジネスに必要な物資・費用がよくわからず、どのようにマイクロファイナンスの提案書を作成してよいのか戸惑う世帯もあることから、きめ細かな支援・トレーニングが必要とされています。また、住民からは、返済できなかった場合の連帯責任を懸念する声、あるいは、平等性を重視し、希望者全員が一斉に貸付を受けられるよう望む声も聞かれます。こうした住民の意見を丁寧に汲み取りながら、真に生計回復に役立つ仕組みが作られていくことが期待されます。

B職業訓練(Vocational Training)

2015年5月下旬に就労支援が始まる予定で、これまで農業の経験しかなかった住民に対しても、雇用労働者としての心構え(勤務形態、基本スキル等々)など、トレーニングが行なわれる予定です。トレーニング中の交通費や手当ての支給については、事前に住民との十分な協議が必要です。

SEZの一部開業を控え、SEZ内の各入居工場での雇用募集も始まりますが、住民のニーズと雇用機会とのマッチング、また、それに応じた職業訓練の実施も期待されます。労働条件(賃金、支払方法、交通費支給等を含む)・環境についても、事前に住民との十分な協議が必要です。

――このように、生計回復措置は徐々に動き始めており、実際、@の1回目の支給により、借金を完済できた世帯もありました(1回目の支給前に深刻な借金を抱えていたとされる17世帯中 7世帯)。また、同支給金の一部を借金の一部返済に充て、支給金の残りを生活費用に充てている世帯もあり、一時的な状況の改善にはつながっているようです。

一方、現時点で、深刻な借金の完済をできていない10世帯中 3世帯は@の2、3回 目の支給によって、借金を完済できると見込まれていますが、残りの7世帯は、@の全額支給後も借金が完済できない見込みのため、各世帯との丁寧な協議の上、 さらなる対応を検討していく必要があります。

今後は、借金問題の解消とともに、生活回復・改善に向けて、安定した収入源、 かつ、ある程度の賃金水準の雇用をできる限り早く確保できるよう、Bの実施が非常に重要になってきています。また、審査役の提案にもあるとおり、移転世帯への家庭菜園の場の提供も、引き続き、重要な検討課題として残されています。

なお、同SEZ事業フェーズ1開発に伴い、400 ha区域外でも、灌漑用水の供給停止によって、乾季の水田耕作ができなくなり、収入が減少している農民のケースについては、現在も一切議論・対応は行なわれぬままになっています。


<灌漑用水の供給が停止されている水路と農地。2012年から現在まで、3期にわたり、乾季の耕作ができていない(2013年5月)>


●移転地のインフラ改善

移転地での洪水・排水対策については、移転地周辺の水路の一部掘削により、排水機能を高める作業が行なわれました。また、各世帯の居住区画の高さが異なるため、高低差等を事業者側の技術者が調査し、以下のような措置が提案されています。

・土を追加的に入れて区画の高さを上げる
・家の土台部分を木材からコンクリートにし、浸水した場合でも、腐らないようにする
・トイレの汲み取りタンクの嵩上げをし、浸水しても、汚水が漏れないようにする
・各区画間にコンクリートの敷居を造る

現在、希望世帯の区画で、順次作業が進められていますが、各住民の意向が反映されないなど、住民と工事を進める側とのコミュニケーションの改善が必要なケースも散見されます。

また、上記の措置は、洪水が起こることを前提とした施策であることから、根本的な原因を追究し、二度と洪水が起きないように対策をとってほしいという住民の声も聞かれます。今後、排水機能の一層の向上など、より効果的な施策がとられることが期待されます。


<希望する各世帯間に洪水対策用の敷居を設ける作業が進められている移転地(2015年5月)>


<敷居用のコンクリートが希望世帯の家前に置かれている(2015年5月)>

移転地の水環境については、手動水汲み上げポンプの修理が4箇所で完了し、もう1箇所の設置が予定されています。また、2つの井戸は、2014年11月の洪水時に汚水が井戸内に流入し、利用できなくなっていましたが、汚水を汲み上げ、屋根、フェンスを設置するなど、改善が行なわれました。



<(左写真)洪水の影響で使えなくなっていた井戸(2015年1月) (右写真)修理・改善した井戸(2015年5月)>


飲料水は依然として購入している世帯もあります。住民からはすでに、飲料水の提供も視野に入れた各世帯への水供給システムの導入などが提案されていることから、今後、住民のニーズを踏まえた改善策の検討・実施が必要です。

この他、移転地のインフラ面では、トイレ・タンクの汲み取りがすでに順次実施されており、また、コミュニティー・センターが設置予定となっています。


●多者間協議、苦情処理メカニズムの構築

5月15日、マルチステークホルダー助言グループ(Multi-Stakeholder Advisory Group:MSAG)の第1回会合がヤンゴンで開催されました。このMSAGのメンバーには、現在のところ、ティラワ社会開発グループ(TSDG:同事業の影響住民が立ち上げ、JICAに異議申立てをした3名もメンバー)、現地NGO、国際NGOの他、事業者側から、ティラワSEZマネージメント委員会、MJTD(日緬合弁企業)等が含まれています。議長はMyanmar Center for Responsible Business(MCRB)、事務局はJICA専門家チームが務めることになっています。JICA自身はメンバーではありません。

初回は自己紹介と各々の活動の説明、また、苦情処理メカニズムの在り方などが議論されたとのことですが、MSAGの目的やメンバー構成、役割、機能等については、今後の会合で詳細が詰められることになっています。

この場が住民にとって有意義な場となるのか、また、SEZフェーズ1(400 ha)の教訓を活かしながら、次期開発区域(2,000 ha)の問題の事前回避・緩和も含めた議論を行なうことのできる場となるのか、JICAや日本企業がどのように主体的な役割を果たしていけるのか、今後も継続して見ていく必要があります。

●今後に活かすために

現在、JICAやビルマ政府側からティラワ住民に対する直接の対応が見られるようになったことは歓迎すべき動きです。しかし、忘れてはならないのは、こうした対応がとられるまでに時間がかかった分、移転世帯の被害状況はより深刻度を増したということです。

国際水準に引けを取らない『JICA環境社会配慮ガイドライン』があるにもかかわらず、何故こうした対応が、住民のJICA異議申立て以前にはとられなかったのか――ティラワSEZ開発事業だけではなく、今後の他の事業でも同様のことを繰り返さぬよう、この問いを日本政府・JICAはしっかり検証し、審査役の調査結果では導き出されなかった回答・教訓に向き合う必要があるのではないでしょうか。

 

※ビルマ(ミャンマー)・ティラワ経済特別区(SEZ)開発事業
パッケージ型インフラ事業として、日本の官民を挙げて進められている。ヤンゴン中心市街地から南東約23kmに位置するティラワ地区2,400ヘクタールに、製造業用地域、商業用地域等を総合的に開発する事業。フェーズ1(400ヘクタール)に海外投融資による出資をJICAが決定(ODAによる民間支援)。三菱商事、住友商事、丸紅が参画。JICAは残り2,000ヘクタールにおいても協力準備調査を実施中で、環境アセスメントや住民移転計画の策定を支援している。フェーズ1は2013年11月に着工し、68家族(約300人)がすでに移転。残り2,000ヘクタールの開発では、さらに約1,000家族(約4,000人)が移転を迫られることになる。

 

→ティラワ経済特別区(SEZ)開発事業についての詳細はこちら
http://www.mekongwatch.org/report/burma/thilawa.html

(文責 メコン・ウォッチ)

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