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パクムンダム:水門開放の継続を求め数千人規模の集会

2002年6月3日

 パクムンダムはタイ東北部を流れるメコン河最大の支流、ムン川の河口近くに建設された水力発電ダムです(所在地:ウボンラチャタニ県)。このダムを巡っては、1994年にダムが完成してからも地域住民による反対運動が継続し今日に至っています。同ダムは世界銀行の融資を受けて建設されています。事前の調査で、流し込み式のこのダムは貯水池が小さく環境や社会に優しい、とされていましたが、実際は漁業に壊滅的な影響を及ぼし、地域社会に大きな負の影響を与えています。

 日本では諫早湾の干拓事業による水産資源への悪影響が問題となり、水門開放が一部試験的に行われていますが、パクムンダムでも環境・社会影響の再調査を行うために昨年6月から1年間の水門開放が実施されました。この水門開放は今年6月13日までですが、地元ではたった一年で大きく回復した漁業資源を目の当たりにした漁民の皆さんから、開放の継続を求める声が高まっています。ダムに反対するグループは、日本で建設が予定されている熊本県・川辺川ダム建設に反対する漁民の方々とも、手紙を通じた交流を行っています。

 ダムに反対する住民は、住民運動の全国的なネットワーク、サマッチャー・コンヂョン(貧民フォーラム)に参加し、反対運動を行っています。このメンバーは、水門開放の継続を訴えるロング・マーチを東北タイで行っていました。徒歩で移動しながら東北タイの各県を廻り、ダムによる窮状を訴えるこの行進は、6月5日に出発点であったパクムンダムのサイト脇にある抗議活動の拠点「悠久なるムン川村」に帰還します。延べ3000人が交代で歩き、約2400km13県を踏破しました。

 5日の午前中(9:00予定)、マーチの帰還に際し、水門開放継続を訴えるためのイベントが開催されます。

 また、水門が閉鎖される予定である6月13日に向け、10・11日にはパクムンダムから約30kmの位置にあるウボンラチャタニ県ピブンマンサハン郡で、一般の人々を含めたダム水門開放継続を求める数千人規模の集会が予定されています。当日のスケジュールが発表されしだい、再度ご連絡いたします。

 パクムンダムについての詳しい情報は、別紙をご参照ください。また、下記のホームページもご覧下さい。

メコン・ウォッチ(日本語)

東南アジア河川ネットワーク(タイ語)

この件に関するご質問などは下記までお気軽にお問い合わせ下さい。

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<タイ>木口(きぐち)

●パクムンダム問題とは

タイ東北部のウボンラチャタニ県を流れるムン川河口近くに建設された、水力発電専用のダム。1994年に完成し発電能力は136メガワットで、首都バンコクの大型デパート5軒分の電力をまかなう程度の規模。だが、実際は水不足でその計画発電量の半分以下しか発電できていない。

一方で、ダムによって悪影響を受けた人たちの困難は、完成から8年を経過した現在も続いている。現地は東北タイでも有数の淡水漁業が盛んな地域だった。しかし、ダム建設によって回遊は遮断された。それらの魚の産卵場所だったゲンと呼ばれる早瀬も破壊され、回遊してくる魚は激減した。回遊魚対策のためダムに敷設された魚道(Fish Ladder)はほとんど効果が確認されていない。ダムを所有するタイ発電公社(EGAT)は、放流などの対策をとったが、住民たちが失った漁業資源の回復にはほど遠い状態である。

ダムによるマイナスの影響も事前調査より甚大であった。当初は262世帯が移転対象と言われていたが、実際には912世帯がすでに移転し、更に780世帯が土地の一部もしくは全てを失っている。漁業被害を受けたとして抗議を続けている住民は一時6000世帯を超え、今でも56ヶ村からの漁民が抗議を続けている。また、住民が伝統的に行ってきた自給自足に近い河畔での採取や農業も壊滅的な打撃を受け、地域の人々は食費のために負債を抱えるようになり、都市への移住労働を強いられている。

世界銀行はこの事業に対し1991年の理事会で融資を決定。その際、事前に独自の環境影響調査をしていたアメリカの理事をはじめ、ドイツ、オーストラリアが反対、カナダが棄権をしたが、日本の理事は強い賛成の意思を表明したと報道されている。それだけでなく世界銀行は、元々のプロジェクト計画では2万5千人が移転を迫られるはずだったが、社会環境影響を考慮して被害を最小限度にしたと、この事業を前向きに評価さえしているのである。

ダムに反対する住民の抗議行動は10年を超えた。しかし今でも1千人がダムの敷地を占拠するなどの抗議を繰り返している。政府や都市住民から「補償目当て」との批判を受けた住民たちは、99年暮れから要求を「ダムの撤去」に変え、お金目当てに抗議しているのではなく、生活を取り戻すために闘っているという姿勢を打ち出している。1999年にはダムを占拠するなどの大規模抗議行動に出たため、当局による武力弾圧の危険が高まった。2000年7月には、首相に面会を求め首相府内に入った住民と警官隊が衝突、流血の事態にまで至り226人の住民が逮捕拘束されている。

その後2001年に入って「貧困対策」を政策に取り入れたタクシン・チナワット氏率いるタイラックタイ党が選挙で圧勝、政権交代が実現した。同政権は首相府前で抗議行動を行っていた住民と話し合い、住民は2001年4月にバンコクのデモを解散、パクムンダムのサイトにある抗議村に帰還した。その後、226名への訴訟も取り下げられた。政府は一年間水門を解放し、環境や社会影響への調査をやり直すことで住民側と同意している。2001年6月から水門が完全に開放された。

住民は多くの回遊魚が川に戻り、環境がダム建設前の状態に近づいていると報告している。水門解放後の変化は、政府調査とは別途、住民とNGOの協力で詳細に記録されている。

しかし、発電公社は閣議決定どおり2002年6月13日に水門を閉鎖するとしており、現地では水門開放の継続を求める声が高まっている。水門閉鎖前には、ダム反対派の住民だけではなく一般の人々も交えた大規模な集会が開催される予定である。

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