自然資源と住民の生活という観点で、タイで重要だと考えている問題は、水と電力に関わる開発計画です。
水という点では、まず大規模なダム開発や導水事業などの河川開発があります。
コック・イン・ナン導水計画は、北タイを流れるメコン河支流のコック川とイン川の水を、百キロを越すトンネルで水不足のチャオプラヤ川に導水するというものです。日本の国際協力機構(JICA)が実施可能性調査に資金協力をしました。事業の必要性や社会環境影響に対する批判が強く出され、JICAの最終報告書は、事業の実施可能性に疑問を投げかける異例の結論を載せました。
一方、東北タイでは、コン・チー・ムン導水計画が進められています。メコン河の水をタイ側に引き込んで、チー川とムン川という東北タイの主要河川に導水して灌漑に使い、再びメコン河に戻すというものです。42年間で十数件の小規模ダムと灌漑設備、更にパモンダムという巨大な本流ダムを建設するという計画です。現在は小規模ダムがほぼ完成しようとしていますが、ラーシーサライダムなど4つのダムでは、川の回復を求める地域住民の激しい抗議が続いています。
また、世界銀行の融資で1994年ムン川に完成したパクムンダムは、地域の農業や漁業に大きな影響を与え、発電による利益もほとんどないことが世界ダム委員会の調査で立証されました。力強い住民運動によって、回遊魚のための水門開放を勝ち取りました。今も、ダムの撤去を求める運動が続いています。
そのほか水と関わる開発問題としては、日本の国際協力銀行(JBIC)と、日本が最大資金供与国であるアジア開発銀行(ADB)が融資した、中部サムットプラカン県の汚水処理プロジェクトや、灌漑用水の全面有料化を条件付けた農業セクタープログラムローンがあります。2つの融資に対して、2000年5月のADBチェンマイ総会では、数千人が参加して大規模な抗議デモが繰り広げられました。特に、サムットプラカン県汚水処理プロジェクトについては、その後ADBにおける最初の査察(インスペクション)の対象となり、ADBの政策違反が指摘されました。タイの政府実施機関と工事請負企業との間で不正があった疑いから、2003年2月に工事は中断。タイ政府は同年7月にJBICの融資分を全額早期返済しました。しかし、JBICの審査・監理責任は全く問われていません。
電力分野では、日本の国際協力銀行(JBIC)や世界銀行が融資した東北部のラムタコン揚水式発電所をめぐって、建設工事によって周辺の村に深刻な健康被害を受けたと住民たちが訴えています。適切な補償がなされていないばかりか、工事が大幅に遅れており、経済性やそもそもタイに揚水式発電所が必要かどうかという点にも疑問が投げかけられています。
南部のプラチュアップキリカン県に日本企業が中心に計画をしていたヒンクルート石炭火力発電所計画は、地元住民の激しい反対運動によって、建設地や燃料源が変更されました。この計画をめぐっては、住民を蔑ろにして日本企業を支援した在タイ日本大使館や、一端は融資を決定したJBICに対して、タイ国内外のNGOなどから厳しい批判がなされました。
タイ政府はタクシン政権になってから、もはや援助はいらないと明言しています。今後の課題は、タイと周辺国(特にラオス、ビルマ)との関係です。例えば、タイービルマ国境を流れるサルウィン川に大規模ダムを建設しようとしています。また、タイ政府は導水と送電という2つのグリッド(網)を推し進め、ラオスに巨大ダムを建設してそこから灌漑用水や電力を引っ張ってこようとしているのです。更に、こうした巨大プロジェクトが引き起こす環境社会影響を考えれば、先進国からの援助が期待できないと判断し、タイ政府の中に周辺諸国を援助する機関を立ち上げる動きすらあります。タイの開発イニシアチブのモニタリングは新たな段階に入っています。