ラオスのナムトゥン2ダムは、国際的な市民社会からの懸念が払拭されないまま、2005年3月・4月に世界銀行とアジア開発銀行の融資が決定され、建設が進められているプロジェクトです。ナムトゥン2ダム計画が論議を呼んできたのには大きく2つの理由があります。1つは人口500万人のラオスにとっては非常に大規模なダムであり、水没による立ち退きや河川水量の変化によって、山岳少数民族や低地の農民ら十万人規模で影響が生じるからです。もう1つは、世界最大の公的開発金融機関である世界銀行が、ダムがラオスの貧困を解消するという視点で支援を決定しましたが、その実効性への危惧が強くあるためです。
ナムトゥン2ダムは、ベトナム国境付近からラオス中部を横断してメコン河に流れ込むナムトゥン川(流域面積は約1万4000平方キロ)の中流域で建設が行われています。水力発電用で、1070メガワットの能力を備える予定です。そのうち995メガワットは隣国のタイに輸出され、残りの75メガワットはラオス国内に供給されます。つまり、ダム計画の目的は、電力輸出による外貨の獲得にあります。水没面積は450平方キロ、山岳少数民族などおよそ6200人が立ち退きを迫られています。また、発電後の水が転流されるセバンファイ川沿いに住む12万人あまりが、増水による被害を受けるとみられています。
2006年12月20-21日、ナムトゥン2ダムによって水没するナカイ高原と発電後の水が転流されるセバンファイ川沿いの村を訪問しました。2005年3月31日に世界銀行が、4月4日にアジア開発銀行が同プロジェクトへの支援を決定した後、現地では着々と建設工事が進められていますが、世界銀行が自信を示していた移転計画にはすでに問題が生じています。
2002〜03年に移転パイロット村として作られたノンブア村では、ナムトゥン2電力会社(NTPC)から商品作物栽培を中心とする生計回復プログラムの支援を受けてきましたが、移転後3年が経過してからは、商品作物栽培のための技術支援が受けられなくなり、肥料の支給が減らされるようになりました。村人はこれによって商品作物栽培による収入が減っていると訴えています。水田、焼畑、淡水漁業、林産物の採取などで生計を維持してきた移転地の村人から米作を取り上げた代わりに地味の悪いわずか0.66haの畑地を与え、商品作物栽培に転換を強いることの問題は当初から指摘されていました。支援開始から3年後が経つと、技術的・物的支援が減らされることになっていますが、「自立」という名目の下、十分な支援が行われなければ、村人の生計回復が困難になる恐れがあります。
2006年4月から6月にかけて移転が行われたソップフェーン村は、現在、本来は移転後の生計回復プログラムの一環で作られる野菜畑の予定地に仮の住居を構えています。本来の移転地は、現在の場所から800メートルほど離れたところにありますが、プロジェクト承認時点では2005〜06年の乾季に完了するはずだった土地の整備が大幅に遅れています。しかし、元の村は川に近い低地にあり、建設工事の影響を受けるので、移転地の整備が完了する前に移転が行われました。現在の居住地は家屋が密集しているため、住民は病気の蔓延や火災の発生を懸念しています。
詳しくは、以下のレポートをご覧下さい。
2004年9月〜2005年3月に行ったナムトゥン2ダム・キャンペーンの資料を無料で配布しております。以下からダウンロードできるほか、紙媒体をご希望の方はメコン・ウォッチまで名前・所属・送り先をお伝えください。